浅野学園OB訪問
みなさんお疲れ様です!!鹿児島市医師会病院研修医の小徳羅漢です!!
突然ですが、みなさんはどんな高校生活を過ごしましたか?
この前、母校である横浜の浅野高校に行ってきました!
そうそう、この席で授業を受けてたなー
卒業式の日はみんなでセックスしたり
卒業アルバムにもセックスしてる写真が載っちゃったり
まあ、見ての通りむさ苦しい男子校生活でした
多感な中学、高校生活を女子のいない異常な環境で過ごしました
まあ、それはさておきどうして僕が母校を訪れたのかと言いますと
医学部志望の高校2年生に向けて卒業生の5人で体験談やら激励やらをしてきました!
僕は「良いモチベーションの保ち方」と「離島医療・へき地医療」を、どうして自分が離島医療を志したのかを入れながらお話しさせてもらいました
話す時に目の前に座っていた生徒に「どうして医学部を目指すのか?」と聞いたら
最初は「、、なんとなく、、お金がいいから、、」
と、ちょっともじもじしてました
そのあと、少人数ということもあって男子校ならではの下ネタやら混じえつつワイワイ楽しく説明会が終わって
解散した後に
さっきの生徒が僕のところにきて
「実は、、、
自分、本当は離島医療に興味があって
釣りが好きで色んな島に行くんですけど
前に島に行ったときに
おじさんの娘さんが妊娠して、本土の病院で入院して出産をしたって話を聞いて、、
島の医療に興味があったんですけど、何もわからなくて、、」
って相談しにきてくれました!!
なんと!!!
嬉しくて嬉しくて!!
これだけで鹿児島から横浜まで行った甲斐がありました!!
あるじゃん!!「医学部を目指す」立派な理由が!!
でも、わかる!!
将来研究したいとか、海外で医療したいとか、移植がやりたいとかモチベーションの高い医学部を志す周りのみんなの前で
なぜか離島医療がしたいってのはマイノリティーで
大きな声で言えない気持ち、わかります!!
9歳離れたその生徒は、まるで9年前の自分に思えて
自分の夢が正しいのかどうかもわからない不安な気持ちを助けたくて
俺が離島医療を面白くするって
俺の島においでって約束しました
この生徒がお医者さんになる数年後、自分はどこで何してるかなー
みんな立派なお医者さんになってました
おわり
離島文化人類学
鹿児島市医師会病院の小徳羅漢です!
離島に行きたいんですと言うと
みんなに
偉いねー、沢山勉強しなきゃだねー
って言われるんですけど、、けど、、
こんなこと言ったら離島医療を頑張ってる人に怒られるかもしれない
というか医療をしてる人みんなに怒られるかもしれないけど
小徳は離島にいって医療がしたいわけじゃないんです
文化を作りたいんです
極論だけど
病気でも幸せな人はいる
健康でも不幸な人はいる
病気の人も健康な人も
島の人も島に来た人も
日本人も外国人も
老若男女問わず
みんなが幸せになれる
そんなユートピア的な島を作りたいんです
島の人は漁師もしながら町長したり、水道工事の仕事したり、民宿したりしてる
人が少ないから1人で二役も三役もしてる人が多い
それなのに医者だけが医者だけやってて良い訳ない
もっと島のために何かできることがあるはず!!
いや、医者もやりますよ!!そりゃ!勉強します!!ちゃんと仕事します!!責任重大ですからね!!
ただ、人を幸せにするのに医療だけでは限界がある気がしてる
研修医の2年間で離島医療には何科がいいのか?
を考えて
出した答えが『産婦人科』と『総合診療科』
そんで、次の問いが
離島医が島のために医療以外で何ができるのか?
いろんな答えがあると思うんですけど
小徳は文化を作りたいんです
映画館を開いて
来てるお客さんの悩みや気持ちにそっと寄り添うような映画を流す
映画DJをやりたいし
小徳が学生時代お世話になったギンレイホール
カフェを開いて
眠れない患者さんに睡眠導入剤じゃなくて温かいミルクを出して悩みを聞くやつやりたいし
図書館を作って
医学書も置いて
小徳が勉強しなくても患者さんが自分の病気を自主的に調べて
「先生私の病気これっぽいんだけど!」
「じゃあこんな症状はありますか?」
「ある!あとはこの検査をすれば診断基準みたす!」
「じゃあ、その検査しましょー!」
みたいな議論を患者さんとしたい!
自分のことを1番わかるのは結局自分だから
それに正しい医学知識をつければ
みんながみんなの一番のかかりつけ医になれるはず
僕はそのお助け程度!
そんで産婦人科やって、日本一の小宝島にして
生まれた子供たちが、またお医者さんになって帰って来て、、、
的な!!的な!!
小徳の妄想は続くのでした
映画館が開きたくなっちゃう映画
ニューシネマパラダイス
こんな感じのみんなにとっての居場所であり社交場であり学びの場である映画館がつくりたいよーー
おしまい