離島で安心して妊婦さんが子供を産み育てていくために僕たちができることは~奄美大島が始めた3つの新しい取り組み~
お久しぶりです!妊婦から、子供、お年寄りまでみれる「一家に一台置いときたくなる家庭医」を目指して鹿児島のとある離島で産婦人科をしています。コトクと申します!
最終投稿からいつの間にか4ヶ月が過ぎてしまいました。
というのも、同僚が異動になり、5月から自分が産科の責任者を任されるようになりました。
「この島の妊婦さんとお腹の中の赤ちゃんの命運を自分が背負っている」
という責任感で少し押しつぶされそうになりました。(気負い過ぎだと思いますが、、)
今までは、離島医療人物図鑑というプロジェクトや研究、論文執筆、看護学校の授業など自分がやりたいことを多動にやっていましたが、ちょっとお休みして目の前の妊婦さんたちに集中することを決心しました。
どうしたら、島の妊婦さんが幸せに、元気にお産をして、赤ちゃんを生み育てていくのをお手伝いできるか。
当院の助産師さんやスタッフはみんな一生懸命に患者さんのケアをしてくれています。
それでも、離島ということでお母さんと赤ちゃんの命を助けるためにヘリで本土に搬送になることがあります。家族と離れ離れになる妊婦さんのことを考えると、スタッフや僕らはいつも申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
「本土の病院だったら」「スタッフがもっといれば」「この治療が島でもできれば」、、
医師として僕たち産婦人科スタッフができることは何なのかを考えました。
ただし、医療資源は限られています。無限じゃありません。
コロナウイルスで医療は崩壊したと各所で言われています。そのため、より一層僕たち医療者は「いまある医療資源で最大のアウトカム(結果)を出すこと」が求められる時代になりました。
そのためには知恵と予防医療が最も大事だと考えています。
当院で本土に搬送、紹介になることが多いのは主に切迫早産、精神科合併妊娠、妊娠高血圧腎症(出血)の3つです。
そこで2021年から奄美大島で新しく始めた3つのことがあります。
・切迫早産に対して勉強会を開き、妊娠初期からのリスク評価、切迫早産管理のフローチャート作成、ウトロゲスタン腟錠の導入を行いました。
切迫早産に関しては以前はリトドリンという点滴を長期間使用して36週くらいまで入院。という治療しかありませんでしたが、副作用が多く、妊婦さんと家族が離れ離れになってしまうというデメリットが多かったです。
早期から早産になるリスクを洗い出して、ウトロゲスタン腟錠という予防薬を入れることによって可能な限り妊婦さんが自宅で家族と過ごせる様にと、予防医療に力を入れることにしました。
・精神科合併妊婦さんを島内の精神科病院、訪問看護と連携して島内で分娩できる様に地域連携を強めました。
精神科合併妊婦さんは産後うつや自殺リスクが高く、医療者側の偏見も多いため、周産期管理がとても難しいです。
当院には精神科常勤医がいないため、以前は精神科と産科がある総合病院に紹介となっていました。
しかし、赤ちゃんを産んだ後は結局この島で育てていくため、可能であれば家族やかかりつけの精神科医がいる島内で産み、そのまま他職種が連携しながら地域で見守り、育てていくことの方が精神的な安定、子供との健やかな愛着形成が育まれると考えています。
妊娠から出産、産後までのケアを担当助産師と産婦人科医が中心になり、他職種と連携しながら出産を迎えることができました。
同じ島にいながら顔の見えにくい関係だった精神科の先生とテレビ電話を使ったオンライン会議や入院中の病室訪問などをすることで精神科常勤医のいない当院で精神科合併妊婦さんの周産期管理を行うことができました。
・妊娠初期にFMF(Fetal Medicine Foundation)を利用して妊娠高血圧腎症のリスク評価を行い、妊娠高血圧腎症になる危険性が非常に高い妊婦さんに、唯一の予防薬であるバイアスピリンを処方しています。
毎年世界中で5万人以上の妊婦さんと50万人以上の赤ちゃんが妊娠高血圧腎症とそれに関わる疾患で亡くなっています。
一度、妊娠高血圧腎症を発症してしまうと、根本的な治療法はなく、今までは対症療法しかありませんでした。しかし、妊娠初期の胎盤形成期にバイアスピリンを内服することによってほとんどの重症妊娠高血圧腎症の発症を防げる様になると言われています。
2020年の日本のガイドラインにもやっと出てきましたが、まだまだ日本では浸透していません。
限られた医療資源で患者さんを元気に、健康にするためには常に新しくなる医療の常識をアップデートしていかなければいけません。
今、僕たちが始めた取り組みはすぐに結果が出るものではありません。
1年後、5年後、10年後に少しずつ効果が出てきて
「あれ?そういえば最近うちで妊娠高血圧腎症の搬送ないね」
とか
「最近、切迫早産で早産になっちゃった子いないね」
みたいに気づいたら良くなってるものです。
そして、元気な妊婦さんが元気な子供を育てて、その子供がまた元気な子供を育てて、そうして元気な島になっていくのです。
良い医療を提供することは、良い島を作るために必要不可欠なことです。医療や教育は家を建てるときの土台の様なものです。
欠かせないし、それが欠けると、どんな立派な家を建ててもすぐに傾いてしまう。
僕が取り上げた子供たちが10年後も20年後も幸せであります様に。