医学部を目指す高校生の君へ。10年後の僕より。
「コトクは良い医者になるよ」
高校生の時に先生からもらったその言葉が今でも僕の宝物になっています。
その先生から直接僕は教えてもらったこともないし、担任だったこともないけど一個下の学年の先生で何となく知っていた。
高校3年生の受験前
親からは「そんなに遊んでて受験受からないわよ」と言われ
物理の先生からは「コトクには絶対無理だよ。もっと下の大学にしたら?」
と言われるくらい出来の悪い高校生でした。
高校3年生の春に部活を引退した僕は、引退試合の次の日から朝5時に起きて勉強をする生活に切り替えました。
毎朝学校に一番乗りで着くと誰もいない教室で勉強をはじめて、授業中も耳栓して自分の勉強をしていました。
みんなと同じペースで勉強していては絶対に間に合わないと思ったからです。
駅から学校までの通学路を歩いていると、いつも僕を追い越して「おはよー!コトク!今日もはやいな!」と声をかけてくれたのがコバヤシ先生だ。
コバヤシ先生はどんなに朝早くてもいつも爽やかに挨拶してくれるので好印象だった。
そして、いつのまにか冬がきた。
受験も目の前だったが、相変わらず模試の判定はE判定のままだった。
ある朝、通学路を歩いていると、コバヤシ先生はいつものようには僕を追い越さなかった。
「今日は寒いなー」
「受験勉強はどう?」
何て返事をしたのかは覚えてないけど、学校に着く直前でコバヤシ先生が
「コトクは良い医者になるよ」
そう言ってくれた瞬間、ゴチャゴチャしていた僕の頭が空っぽになり、替わりに心がジワーッと暖かく埋め尽くされていくのを感じました。
周りの大人たちの対応や、模試のE判定の文字は「お前に医者は向いてない」と言われ続けているようでした。
その言葉に耳栓をして、心を閉ざして勉強をしていた自分の心が溶けて暖かくなるのを感じました。
そして、コバヤシ先生がそう言ってくれたのだから「良い医者」になろう、そして僕も人にそんな言葉をかけられる大人になろうと思いました。
あれから10年経ち、僕はあの時のコバヤシ先生くらいの年になっていた。
僕は鹿児島のとある島で産婦人科医をしている。
そんな僕にコバヤシ先生から突然メールが届いた。
医学部を目指す高校生たちに話をしてくれないか?
卒業生で医者をしている人なんて沢山いるのに、コバヤシ先生が僕に声をかけてくれたのが嬉しかった。遠く離れた鹿児島の島で働く僕に。
神奈川から僕の島まで1500kmの距離をzoomが繋いでくれて、久しぶりに母校の雰囲気を味わうことが出来ました。
あの頃の僕に伝えるように、今の自分が医師として感じていることを。1人の人間として誰かのために働くことの大切さを。自分を信じる大切さを、自分なりの言葉で伝えました。
時代は変わっても、あの頃の僕たちと何も変わらない、可愛い後輩たちが沢山質問してくれました。
その中で1人、気になる子がいました。大人しそうな子で、手を挙げてくれたけど、あてられた後に「、、やっぱりいいです、、」と質問をやめてしまいました。
終わり頃になって、彼は再度手を挙げてくれて
「僕はお医者さんになりたいけど、お医者さんの仕事は喋ることが大事じゃないですか。僕は喋るのが苦手で、大丈夫なのだろうかと、、」
ああ、僕はこの子と喋るためにここに来たんだ。と思いました。
医者は喋ることが仕事じゃない、患者さんの思いを、病歴を「聞く」ことが大事なんだよ。と。
そのためには、適切な相槌やアイコンタクトなどの”非言語的な”コミュニケーションが大事だよ。と。
そして、
「大丈夫だよ。君は良い医者になるよ」
と伝えました。