あなたの診断は
救急車で「腹痛」で運ばれてきた男性は、案外ケロっとしていて、トイレにも自分で歩いていける。
診察してみると、腹痛としてはそこまで強くなく、どこが痛いのかははっきりしない。
以前のカルテを見ると、「万引き」、「弁護士に訴えるぞと声を荒げる」、「生活保護」などあまり良い言葉が並んでいなかった。
救急車で運んできてくださった救急隊の方も、スタッフも、研修医も、少し冷ややかな対応になっていった。
検査の結果から腹痛の原因は恐らく、便秘によるものが第一に考えられた。
しかし、ここで彼に「診断」をつけて家に帰すことは、総合診療医としては何か違うと感じた。
研修医から、「はやく帰しましょう。」という強い重圧はあったが、「診断をつける」から彼の「歴史を紡ぐ」作業に変更した。
誰と住んでいるのか、どうして一人で住んでいるのか、いつ奥さんと別れたのか、どうして奥さんと別れたのか、奥さんはどうして早くに亡くなってしまったのか。
以前はどんなお仕事をしていたのか、どうしてお仕事を続けれなくなったのか、今でもそのお仕事はやりたいか。
彼の歴史がカルテの中で紡がれていくと、なぜ軽い腹痛で救急車を使ってしまったのかが少しずつ見えてきた。
雨が降る、真っ暗な部屋で、「貧しさ」と「孤独」に震える中、急にお腹が痛くなる。
タクシーを呼びたくてもお金がない、、
不思議なことに歴史を紡いでいくと、僕が彼に診断をつける前に「先生、俺の腹痛は便秘のせいかもしれん」、「家で一人でいるのが不安だったんだ」とご自身で診断をされた。
「痛み止めを貰って帰るよ」ご自身で方針と治療法を告げられた。
「また、たこ焼きを焼こうかな。昼間はやっぱり働きたいな。」ご自身で予防法まで教えてくださった。
「患者が答えを持っている」
また、一つ学ばせてもらった一例でした。
「万引き常習犯の生活保護」という、彼の不名誉なカルテは今日上書きされた。
僕はもう彼に会わないかもしれないけれど、次の誰かが彼に会った時に一人の”孤独”という大病を患った人として”愛”を持って接してくれれば幸いです。
“Listen to the patient. He is telling you the diagnosis”-William Osler