蛍の光
ほーたーるのひーかーあーりー
上五島病院薬局の浦田さんが小徳家の門出に蛍の光を演奏してくれました。

沢山の人がお見送りにきてくれました。
いまだに信じられないです、、
僕は離島医療の最大の魅力はやっぱり、『その島を愛したら愛した分だけ自分に返ってきて、それを実感することができること』だと思ってて
上五島の人は本当に温かくて、患者さんも病院の人も、町の人も、この1年で大好きな、大切な人になりました。
紙テープはとても綺麗で、切れてしまうのがとても悲しくて、船が前に進むことがとても恨めしく思いました。

上五島での1年はあっという間で、小徳が初めて、研修医としてじゃなく、一人の医師として離島医療にどっぷり浸かることができた1年でした。

しかも、自分が高校の時に離島医療を志すきっかけとなった長崎の島で離島医療を出来たのは、一つ高校生の時の自分の夢を叶えてあげられたのかなと。
初めての離島医療はとても濃ゆくて、1年では学びきれなかったです。
整形外科、精神科、在宅医療、小児科、、、もっと勉強したかったです!!
小徳は毎日、毎月のように怒られながらも、なんだかんだ上の先生たちが優しく教えてくれたおかげで、途中で挫折することなく1年を終えることが出来ました。

前より沢山の患者さんをハッピーに出来る力がついたのかな?
ゆとり世代の小徳は褒めて伸びるタイプだから、怒られ慣れてなくて、月一マジおこは何度も心が折れそうになりました。
上五島病院はドラゴンボールの亀仙人の修行みたいな感じで、めっちゃギリギリのところまで負荷をかけまくって、亀の甲羅を外したら、『あれ?めっちゃ飛べるやん!?』みたいな感じになってる病院でした。

小徳は次はオーストラリアの僻地に3ヶ月行って、オーストラリアと日本の僻地医療の違いを見学してきます。

その後、8月から、また鹿児島に戻って、産婦人科を勉強するつもりです!!
蛍の光とかいつもオルゴールで歌詞なんて知らなかったけど、調べてみたらぴったりな歌詞でした。
浦田さんありがとう
2番から〜
故郷に残る者も 去り行く者も今日限りなので 互いに想い合う無数の思いをたった一言『どうか幸あれ』と歌うのだ
どうか幸あれと歌うのだ
手技の虫は変態中
手技の虫とは
手術や気管挿管などの手技を身につけるのが大好きな、主に若い医師のことである。救急外来やオペ室などによく発生する。
引用:(手技の虫)
漆黒の闇に舞い降りた堕天使が折れた翼に熱い抱擁と接吻を交わす

(意訳:ゲネプロワークショップでギブス固定の練習をしました)
こんにちは!地獄のミサワ、ルシフェルことゲネプロ2期生の小徳です!

ゲネプロは日本の離島や僻地で働ける総合診療医を育てるためのプログラムです!週に1回のWebinar(Skypeでの授業)や年2回のワークショップを行いながら、日本の離島や僻地で1年間総合診療医として働き、3ヶ月間世界の僻地に行くプログラムです。

冬のワークショップは福岡の秋本病院にお邪魔して、産婦人科、整形外科、緩和ケア、在宅医療、僻地での外来管理、CT診断など、盛りだくさんの内容を2日間で勉強しました。

いつもはシーネ固定だけど、ギブス固定できると大人になった感じがします。

在宅医療や外来など、結局一番大事なのは患者さんとのコミュニケーション
ていうか、愛ですよね!!

今回、在宅医療を福岡でされてるコールメディカルクリニックの岩野先生が緩和ケアについて教えてくださいました。

患者さんの人生の物語を引き出し、それを紡ぎ、手伝うのが僕らの仕事だ。
ゲネプロ2期生としてオーストラリアのrural GP(僻地総合診療医)のように、お産も取れて、内科、救急、整形外科、皮膚科、緩和ケアと何でもできる総合診療医を目指して、1年がんばってきました。
でも、基本は内科医として外来や病棟の仕事に追われて、中々お産だったり、整形外科だったりを実践することができず、産婦人科の先生にお産を呼んでいただいたり、当直の時に脱臼の整復を整形の先生に教えてもらいながらやったりと、少しずつ勉強することしかできませんでした。

そんな中、僕の医者人生で忘れられない体験をしました。
夜中3時に産婦人科の先生に人手がいるということで、お産で病棟から呼ばれ、無事正常分娩で元気な赤ちゃんが産まれました。

一旦家に帰るか、どうしようかな、と考えていると訪問の師長から電話がきて
僕が在宅で見ているがんの終末期の方の呼吸が止まったとのことでした。
入院した時には、がんの終末期で、家に帰れるか不安でしたが、娘さんが強くお家で最後を迎えさせてあげたい気持ちが強かったため、ケアマネさんやソーシャルワーカーさん、訪問看護師さん、家族と話し合い、なんとか家に帰ることができました。
大好きなお風呂に入り、好きだったリポビタンDを飲んで、患者さんの最後はたくさんの家族に見守られ、穏やかな顔でとても綺麗でした。
一日の中で生と死を体験して、1年前に上五島で働き始めた時の自分と比較して、少しだけど成長できたのかなと、上五島で働けて良かったと思いました。
それでも、揺り籠から墓場まで見れる医師になる道のりは遠いなー。
今の日本では、生まれることは、あたかも光で、死ぬことが、影のように扱われているけれど
本当に愛のある死は、生まれるのと同じくらい美しいと思う
医療者や病院が、その美しい瞬間を家族や地域から奪ってはいけないと思う

ワークショップの最後に秋本病院の院長の先輩である岡原先生の本をいただきました。
小徳が島でやりたいことを山口県周防大島でハグ先生こと岡原先生がやっていました!!
空き家を利用して高齢者の共同住宅を作ったり、廃校を使ってコミュニティスペースを作ったり、超高齢化社会を迎える日本のロールモデルになるべく笑顔で楽しく離島医療をされています。
「笑顔がもらえて、自分も笑顔を返しながら最後を迎えられたら、何歳でも、どんな病気でも、大往生ならぬ『ええ往生』なのではないでしょうか」
『大往生まではいきゃあせんが、笑顔でええ顔で亡くなった”ええ往生”じゃけえ、ひとつも悲しいこなんかありゃせん。たいがいにええことじゃ。さあ、きんさい、きんさい』
こんな感じで地域の人が、誰かの死をお祝いのように、その人が一生懸命生き抜いたことをねぎらい、お祝いして、送ってあげる、そんな島が作りたいなあ。

